広島高等裁判所松江支部 昭和25年(ネ)51号 判決
控訴人が昭和二十四年二月二十八日被控訴人に対してなした被控訴人の昭和二十三年分所得税更正決定の中所得金額四万二千百円を金三万九千八百十五円、所得税額四千五百二十八円を金三千九百三円と各変更する。
被控訴人その余の請求は棄却する。
訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は先づ原判決を取消す。被控訴人の訴を却下する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、本案について、原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、政府はその後更に慎重を期して詳細な事実調査をした結果、被控訴人の所得金額は審査決定の際知り得た金額を更に超過することが判明したので、さきの更正にかゝる金額は毫も被控訴人に不利益なものではない。即ち被控訴人の昭和二十三年分の総収入金額は五万五千五百七十三円七十八銭、必要経費の総額は九千三百十五円十銭、差引所得金額は四万六千二百五十八円六十八銭であつて、その内訳は別表第四(附表を含む)の通りである。次に、被控訴人の後記主張事実を否認する。被控訴人の主張は課税処分が最も厳格な意味における覊束処分であることの本質を忘れた議論というの外はなく、納税義務者の申告にかかる課税標準額が収税官庁の調査の結果と異なる場合には収税官庁としてこれを更正すべき職責を有するは当然である。従つてこの間に準契約というような行為によつてこれを左右する権限は収税官庁には全く与えられていない。また、本件更正処分に対し審査の請求があつた以上政府は審査請求者である被控訴人の所得の全体について更に審査し、その所得金額を決定すべきものであつて、決して被控訴人の申立ては不服の範囲に拘束せらるべきものではないと述べ、被控訴代理人において、被控訴人の昭和二十三年分の総収入金額が五万五千五百七十三円七十八銭、必要経費の総額が九千三百十五円十銭、差引所得金額が四万六千二百五十八円六十八銭であるとの控訴人の主張はこれを否認する。被控訴人の昭和二十三年分所得は金三万七千百二十七円であつて、この数額は確定申告と同時に確定し、控訴人の一方的調査により自由に変更増額せらるべきものではない。出雲税務署事務官藤江秀逸は、上司の命を受け、昭和二十四年一月二十日頃、被控訴人居村役場に村内農業者を集め、確定申告の説明会を開き、この所得標準表(甲第一号証の一、二、三)に基き一毛田、二毛田の区別により一反当収穫米量と一石当価格により申告せよ、この標準により申告すれば決して更正決定はしない旨説明したので、被控訴人は収入と必要経費を右標準表に基き算出し、差引所得額を金三万七千百二十七円と計算し標準表通り正直に申告したのである。これは、あたかも、私法上の申込と承諾に類似するものであつて、準契約と解すべきものである。されば、控訴人は右準契約の拘束を受け、標準申告の所得金額を一方的意志により自由に変更決定する権限はない。また所得税法の規定する審査請求制度の立法趣旨は権利侵害を受けた納税義務者を救済しようとするにあるのであるから、納税義務者は審査の請求をしたため、特別に不利益を受ける理由はないのである。被控訴人はさきになした審査請求においても、また本訴においても農業所得以外の移動所得五千円に対する課税の取消を求めるものであつて、所得標準表に基く農業所得金三万七千百二十七円に対する課税については何等不服の申立をしていないのであるから、被控訴人の農業所得について更に個別的に調査し被控訴人の申告した金額と異なる所得金額を主張することは許されないと述べた外、いづれも原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
先づ控訴人の本案前の抗弁について判断するに、当裁判所もまた控訴人の右抗弁を失当として排斥するものであるが、その理由は原判決の説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。次に本案について判断する。
被控訴人が農業を営む者であつて、別表第一記載の田畑を耕作していること、被控訴人がその昭和二十三年分所得金額を金三万七千百二十七円その内訳は別表第一の通りとし、所得税額を金三千二百七十八円として確定申告をしたこと、控訴人が右確定申告に対し昭和二十四年二月二十八日所得金額を別表第二の通り金四万二千百円、所得税額を金四千五百二十八円とそれぞれ更正したことは当事者間に争いがない。
次に被控訴人の昭和二十三年分所得中昭和二十二年産米の追払金百三十四円、昭和二十三年産早場米奨励金七百二十円、同じく俵代金四百九十七円及び兎二匹からの金三百円の各所得の存在することについては当事者間に争いがなく、昭和二十三年産麦奨励金八十八円、自家山林から得た薪代金千円及び控訴人主張の日雇収入金四百円を含む金二千円のその他の各所得の存在することは被控訴人の自認するところである。そこで、田畑所得について、判断する。
原審証人藤江秀逸の証言、同証言により真正に成立したと認める甲第一号証の一乃至三、原審における被控訴本人の供述を綜合すれば、被控訴人が本件確定申告をするにあたつては右申告期日前に所轄出雲税務署直税課事務官藤江秀逸が上司の命を受けて被控訴人居村神西村役場で被控訴人等農業者を集めて所得金額確定申告について説明した際、同事務官は控訴人において定めた農業所得についての標準所得率を記載した甲第一号証の一、二、三の所得標準表を示した上、農業所得について収支計算のできない者は右標準表によつて申告すれば原則として更正決定をしない旨指示したので、被控訴人は当時収支の記帳などしていなかつたため、具体的に実際の収入支出の計算ができなかつたけれども、田畑所得については実際の収入も必要経費もそのくわしい内訳は判らないが、その総額はいづれも所得標準表に示されたところと大差がないと考えられたので、右標準率に従つて別表第一記載のとおり昭和二十三年分所得の計算をして確定申告をしたこと、しかるに控訴人は被控訴人方がブローカーをしているとの近隣の噂に基き、被控訴人の申告した別表第一記載の所得の外に物品移動による所得が金五千円あるものと認定して別表第二記載のとおり本件更正をなしたこと、前示甲第一号証の一、二、三に示された田畑の反当り収入金額、必要経費及び所得は被控訴人居村神西村における田畑の反当り収入金額、必要経費及び所得の各標準を示したものであり、この標準表に従つて農業所得の申告をしたものについては、大体原則として更正をしていないことをそれぞれ認めることができ、他に右認定の妨げとなる証拠はない。されば反証のない限り被控訴人の耕作した本件田畑の昭和二十三年の収入金額及び必要経費は前示所得標準表に示された金額即ち収入金額は反当り田については金九千五百五十五円、畑については八千三百四十八円、必要経費は反当り田については金三千二百三十二円、畑については金三千百十二円であると一応推定すべきものである。そして被控訴人の総耕作反別は田四反五畝畑五畝であるから、右の推定額により総耕作反別の収入金額、必要経費を計算すれば収入金額は四万七千百七十一円五十銭、必要経費は金一万六千百円となる。ところで、控訴人は被控訴人の本件確定申告に対しその所得金額を別表第二の通り更正したが、その後被控訴人の審査請求後更に被控訴人の所得を調査した結果、被控訴人の昭和二十三年分所得金額は別表第三の通りであることが判明した。しかし、政府はその後更に慎重を期して詳細な事実調査をしたところ、被控訴人の所得金額は審査決定の際知り得た金額を更に超過する金額に達し、その収入金額及び必要経費の内訳は別表第四の通りであると主張するから、果して前記推定を覆えして控訴人の右主張事実を認定するに足る反証があるか否かを検討してみなければならない。ところが被控訴人は先づ本件確定申告は別段認定のようないきさつのもとになされ、殊に藤江事務官は所得標準表により申告すれば決して更正決定はしない旨説明したから、控訴人と被控訴人とのあいだには準契約が成立し、控訴人はこの拘束を受け所得標準表によりなされた本件確定申告にかかる所得金額を一方的に変更する権限はないと主張するから、この点について考えてみるに、藤江事務官が所得標準表により申告すれば決して更正決定はしない旨説明したとの被控訴人主張事実はこれを認めるに足る証拠がないばかりでなく、元来納税義務の成立とその内容、範囲は専ら租税法規によつて定められ、私法上の金銭債務が当事者間の契約によつて生ずるのとは全く性質を異にし、被控訴人の主張するような私法上の契約に準ずる契約が有効に成立する余地はないのであるから、被控訴人の前示主張は要するに独自の見解でこれを採用するに足らない。また、被控訴人はさきになした審査請求においても本訴においても、農業所得以外の移動所得五千円に対する課税の取消を求めるものであつて所得標準表に基く農業所得金三万七千百二十七円に対する課税については何等不服申立をしていないのであるから、控訴人において被控訴人の農業所得について更に個別的に調査し、被控訴人の申告した金額と異なる所得金額を主張することは許されないと抗争するけれども、所得税法の規定により納税義務者より審査の請求があつたときは政府は審査請求者の申立てた範囲に制限せられることなく、その者の所得について更に審査しその所得金額を決定することができると解するを相当とするから、本件更正処分に対し審査の請求があつた以上、政府は審査請求者である被控訴人の所得の全体について更に審査し本件更正決定の金額と異なる所得金額を決定することは毫も違法ではなく、また控訴人が本訴において訴訟物である本件更正決定にかかる所得金額を維持するために新な資料を蒐集提出し原処分当時とは異なる理由を主張することも訴訟法上なんら差支えないと解すべきであるから、これと異なる見解に立脚する被控訴人の主張はその理由がない。そこで成立に争いのない乙第二、第六、第七号証、当審証人米沢久雄の証言により真正に成立したと認める乙十号証、原審における被控訴本人の供述を綜合考察すれば控訴人の主張する別表第四記載の田畑所得の収入金のうち米の超過供出による収入金額と米の追加供出による収入金額を除いたその余の収入金(その合計は金五万千百七十六円九十銭となる)の存在したことを認めることができるけれども、右二口の収入金額の存在したことはこれを認めるに充分でない。もつとも、前顕乙第六号証によれば、控訴人の主張する別表第四の附表一記載のように被控訴人が昭和二十四年一月十日以後に数回に亘り米の超過供出による収入金と米の追加供出による収入金を受領したことが明らかであるけれども、前顕乙第七号証によれば被控訴人の昭和二十三年産米の収穫高は合計十一石一斗一升五合であつて、そのうち七石二斗三升九合が普通供出に充てられ残り三石八斗七升六合が自家保有量として留保せられ、しかも昭和二十三年中には超過供出も追加供出もしていなかつた事実を窺うことができるから、控訴人主張の前掲二口の収入金は被控訴人が翌昭和二十四年に保有量の一部をさいて超過又は追加供出をした数量に対する政府支払金であると推認せざるを得ない。されば、右二口の収入金については昭和二十三年中に被控訴人がその債権を取得したものといえないから、これを同年分の収入金に計上するのは妥当ではない。次に、成立に争のない乙第三、第四、第十一号証によれば被控訴人が田畑所持の必要経費として少くとも別表第四記載の公租公課を支出したことを、成立に争いのない乙第十二号証の一、三、乙第十三号証、当審証人米沢久雄の証言により真正に成立したと認める乙第十四号証、成立に争いのない乙第二十号証を綜合すれば、必要経費として別表第四記載の稲、麦及び雑畑に対する各肥料配給金額を支出したことをそれぞれ窺うに足るけれども、その他の必要経費が控訴人主張の別表第四記載のとおりであつて、従つて、必要経費の総額が九千三百十五円十銭に過ぎないものであることについては控訴人がその立証に供する乙第八、第九号証の各記載内容、原審証人嘉田嘉、当審証人米沢久雄の各証言は当裁判所のにわかに信用し難いところで、控訴人の提出援用にかかるその他の証拠によつては未だこれを確認するに足らないから、田畑所得の必要経費に関する前示推定金額は依然として維持せらるべきものというの外はない。従つて、被控訴人の昭和二十三年分田畑所得は前認定の収入金額五万千百七十六円九十銭より前示推定の必要経費総額一万六千百円を差引いた金額三万五千七十六円九十銭と認定せざるを得ない。
次に鶏一羽からの金百七十円の所得については、原審における被控訴本人の供述によれば被控訴人は昭和二十三年中に鶏一羽を買入れたが、これからの所得は皆無であつたことが認められ、右認定に反する原審証人嘉田嘉、当審証人八木沢久雄の各証言部分は採用できないから、右所得の存在はこれを認めることができない。
果して然らば被控訴人の昭和二十三年における所得金額は田畑所得三万五千七十六円九十銭、兎二匹からの所得三百円、昭和二十二年産米追払金百三十四円、昭和二十三年産麦奨励金八十八円、同年産早場米奨励金七百二十円、同じく俵代四百九十七円、自家山林から得た薪代金千円、控訴人主張の日雇収入金を含むその他の所得二千円、合計金三万九千八百十五円(円位未満切捨)と認めるべく従つて、これに対する所得税額は金三千九百三円であることは所得税法上明瞭であるから、被控訴人の昭和二十三年分所得金額を金四万二千百円所得税額を金四千五百二十八円と確定した控訴人の本件更正決定は違法であるというべきである。されば、本件更正決定の取消を求める被控訴人の本訴請求は控訴人の決定した所得金額を金三万九千八百十五円、所得税額を金三千九百三円とそれぞれ変更する限度において正当としてこれを認容すべく、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
よつて、以上の判断と一部異なる原判決はこれを変更し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条但書を適用し、主文のとおり、判決する。
(裁判官 平井林 久利馨 藤間忠顕)
(別表省略)